第1説「壱岐の竜宮伝説」
【さるえもんの壱岐奇譚集 #1】

2019年07月12日
特集

どうも、さるえもんです。

始まりました、「さるえもんの壱岐奇譚集」。ここでは壱岐の中で噂される不思議な話や場所を巡り、その真意に迫りたいと思います。



昔話において、「正直者の主人公が数奇な体験を経て、突如莫大な富を得る話」は、数多ございます。

その中でも皆様がよく耳にするのは、浦島太郎が登場する「浦島伝説」ではないでしょうか。この伝説は全国各地で語り継がれており、発祥の地とされる場所は諸説ございます。

「浦島伝説」が広く伝わった背景には、この話が仏教的思想である「因果応報」を持つ点も、関係していると思われます。

壱岐の島も例外ではございません。今回、壱岐の海にまつわる「竜宮伝説」の不思議な話を、ひとつご紹介致しましょう。

此の度ご紹介させて頂きます、壱岐の島に語り継がれる「竜宮伝説」は、吉野秀政翁による説話。題を「禿童(はぎわら)」と申します。

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壱岐の竜宮伝説「禿童(はぎわら)」。

昔々、壱岐の長沙原(ちょうじゃばる)という地に老夫婦が住んでおりました。

老夫婦は貧しくも正直者で、竜宮の信仰厚く、毎年海浜で門松・年縄(しめ縄)を、竜宮に献上しておりました。

ある夜の事。老夫婦の家に竜宮の使者を名乗る者が現れ、こう言います。

「我はこの竜宮の御使なり。汝多年竜宮を信じ、年ごとに松竹年縄を奉る志の誠を、竜宮感じまします故、今夜汝を竜宮にめすなり。」
【現代語訳:私は竜宮の使者です。貴方が長い年月、竜宮を信じ、毎年門松としめ縄を奉納する誠意を、竜王は深く感心しておられます故、今夜貴方を竜宮に招待します。】

竜宮に招待された老夫婦は大層喜び、使者の後を着いて行く事に決めました。

一行が海浜に到着すると、突然、海の水が割れ、竜宮へ続く道が海中に現れます。

道すがら、使者は老夫婦に

「竜宮にて御饗応の後、望みに従い宝物を賜わらんと有るべし。其時はぎわらを望むべし。」
【現代語訳:竜宮にておもてなしの後、竜王が望みの宝物をお与えになるでしょう。その時、禿童(はぎわら)を望みなさい。】

と教えます。




竜宮に着くと、老夫婦のために数々の饗宴が開かれました。そして、待ちに待った竜王様との対顔です。

「汝我を信じ、松竹年縄を手向ける事年あり。その誠心を報ぜんがため、今汝を呼びしなり。宝を望むべし。」
【現代語訳:貴方は私を信じて、長い間、門松としめ縄を捧げてくれましたね。その真心に報いる為、今貴方を呼んだのです。宝物を望みなさい。】

老夫婦は、使者に教えられた通りに「禿童(はぎわら)」を所望します。

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この禿童(はぎわら)。禿(かむろ)と呼ばれる髪型をした童子の事でして、今でいう「おかっぱ頭の子供」の姿をご想像頂ければと思います。



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禿童(はぎわら)は竜宮において、一、二を争う重宝でしたが、竜王様は自ら仰った約束を守らない訳にもいかず、老夫婦の望み通りにそれを二人に賜ったのでございます。

かくして、老夫婦は、竜宮の大事な宝物を連れ帰る事に成功したのです。

さて、連れて帰ったこの禿童(はぎわら)。

老夫婦の家に着くなり、己の頭を撫でながら

「住居と周りに大きな蔵が欲しい」

と叫びます。すると即座に豪華な屋敷と四方を囲む蔵が現れたのです。

禿童(はぎわら)の不思議なチカラで沢山の財を得た二人は、若さも所望します。

たちまち夫婦は28歳の姿へと若返り。不老不死と相成りました。

その後も贅の限りを尽くし、遊宴に興じる夫婦でございましたが、一方で、禿童(はぎわら)のチカラを使うためには、禿童(はぎわら)の提示した約束事を二つ、守らなければなりませんでした。

一つ目は、常に草履は履かず、素足で行動する事。

二つ目は、夫婦の情事を禁止ずる事。

これらを煩わしく感じ始めた夫婦は、禿童(はぎわら)を海に連れて行くと、強引に竜宮へ送り返してしまったのです。

禿童(はぎわら)が居なくなると、たちまち家と周囲の蔵は消えて無くなりました。

そして夫婦の姿も老人へと戻り、やがて息絶えてしまいました。

<終>

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「浦島伝説」と「禿童」。

いかがでしょうか。

これが壱岐にまつわる、竜宮伝説「禿童(はぎわら)」の全編でございます。

浦島伝説と類似する点があるように思いませんか?

そして、玉手箱を開けただけで翁に変わり果てる浦島伝説と比べて、こちらは因果応報の道理が通っているように思われます。

(※室町時代に書かれた「御伽草子」の浦島伝説では、老人となった浦島がやがて鶴に変化して同じく亀に変化した乙姫と蓬莱山へ向かい、夫婦となり幸せに暮らすと云う、救いのある続きがございます。)

壱岐「竜宮伝説」が示唆する教訓。

ここからは考察ですが、昔話には教訓が付きものと云われております。

この話に出てくるキーワードを〈強欲〉〈約束の反故〉〈有限性の拒否〉と仮定すると、三つの教訓ポイントがあると考えられます。

一、夫婦は私欲に溺れて以前のような、信心深さを失ってしまった。〈強欲〉
一、夫婦は禿童(はぎわら)との約束を守らなかった。〈約束の反故〉
一、人間にはいつか終焉が訪れると云う事に目をそらした。〈有限性の拒否〉

正直で信仰深かった夫婦も「欲望に勝てなかった」「人間は儚く脆い意思の持ち主である」と言ってしまえばそれまででございますが、壱岐の竜宮伝説は「人間どんな状況になっても清廉潔白であれ」と云う警告と捉える事ができましょう。

己の慢心によって身を滅ぼした、壱岐の「竜宮伝説」。

秀政翁は、人間の道理のあり方を後世に辛辣に伝えたかったのかもしれません。

また夫婦が招かれた竜宮城(龍宮城)は実在したのか、と云う謎も残っております。

かの民俗学者・柳田國男先生は「日本の昔話に出てくる竜宮に竜はいない」とも述べております。

説話の地「長沙原(ちょうじゃばる)」は、現代では「長者原」として、壱岐市芦辺町にその名を残し、長者原から真っ直ぐに海を渡ると、丁度、小呂島と云う有人島もございますが・・・。否、今回はやめておきましょう。

「竜宮伝説」の地を、現代に訪れる。

壱岐「長者原」には、老夫婦を祀った「長者の墓(ちょうじゃのはか)」の石塚や、禿童(はぎわら)が夫婦に追い返される時に、怒って蹴り割ったとされる「屏風岩(びょうぶいわ)」がございます。

近隣には、「左京鼻」や「はらほげ地蔵」といった有名な観光スポットもございます。近くにお越しの際は、お立ち寄りになってみてはいかがでしょうか。

それではまた。次の話でお会い致しましょう。





【参考文献】
[1]山口麻太郎,「旅と伝説」1936年,P171,三元社
[2]柳田國男/編・山口麻太郎/採録,「長崎県壱岐島昔話集」,1973年,P44,三省堂



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