生池城趾 (なまいけじょうあと)

NAMAIKEJOATO

観光情報

壱岐北部・勝本町の古墳群エリア近くにある山城跡。16世紀中頃、松浦党の源壱(みなもとのいち)が居城したといわれている。源壱は朝鮮・中国沿岸で私貿易を行った倭寇(わこう)のひとりで、後に朝鮮から貿易許可を受けて正式に貿易を行った。最深部では5M以上ある二重の空堀が主郭部をとりまき、厳重な造りであることから、拠点としてではなく実戦を想定して造られた山城であることが解っている。城の西側には、城名の由来となった池があり、城の水場だったとされている。


住所 壱岐市勝本町百合畑触字城山
アクセス ◆郷ノ浦港より/車で21分
◆芦辺港より /車で16分
◆印通寺港より/車で21分
◆壱岐空港より/車で22分
文化財 史跡(市指定)
撮影スポット ◆5M以上ある2重の空堀


このページをシェアする

遺跡・城跡の関連記事